【報告】11月7日(木)豊島ゼミ
11月7日、高松では朝から小雨が降っている中、豊島に向けて出発しました。
いつも豊島ゼミを引き受けてくださっていた元・豊島住民会議長の砂川さんが体調を崩されていたこともあり、久々の再開となった今回。栗生さんに代わり、昨年3回連続で豊島ゼミに参加し、ゼミ以外でも足しげく砂川さんのもとに通った山下ナミさんがコーディネーターを引き受けてくださって新生・豊島ゼミは実現しました。
雨がやみ曇り空の下、岡山や高松、地元・豊島から12名の参加者が豊島に足を運びました。さらにKSB瀬戸内海放送の記者・カメラマンの方も取材という形で参加いただきました。
豊島の家浦港桟橋に着くと、砂川さんが元気な姿で私たち参加者を出迎えてくださいました。
その後、それぞれ車に乗り込み産廃現場へ向かう砂川さんの運転する車内では、道中の家浦八幡宮やオリーブ基金による植樹、記念碑の説明も丁寧にしてくださいました。
まず、語り継いでいくために900万円ものお金を出し合ってつくった「豊島のこころ資料館(豊島住民資料館)」に移動しました。
静かに、しかし時折故・中坊先生のお叱りの言葉を言うときは感情がこもり、参加者を引き込んでいくような話し方でした。
たとえば、県庁前でビラを配っていたときのお話。誰も受け取ってくれなかった中、シルバーカーを押したおばあさんがやってきて、「なんでこんな寒い時にこんなことをせないかんのや。私は力がのうて何もしてあげれんけど...」という言葉の後に、甘酒の缶を持ってきてくれてそれがすごい嬉しくて涙を流したこともあったという砂川さんの言葉に、思わず涙がこぼれそうになりました。
その言葉の裏にどれだけの苦労があったのかということは、私たちは決してうかがいしることはできないでしょう。
こころ資料館で2時間ほどお話いただきましたが、それではとても短く感じ、もっと砂川さんの話を聞きたいと素直にそう思いました。
当日撮影した動画につきましては後日アップ予定です!
その後、県の担当職員の方の説明のもと、中間保管梱包施設、高度排水処理施設の説明をしていただきました。
1990年生まれの私にとって、その年に兵庫県警による摘発があり、今もなお産廃が残っているということを考えると、本当になんと表現したらいいのか、、、とにかく私の年代の方にもぜひ聞いてもらいたいです。
約3年後に全て撤廃予定とはいえ、それで終わらしてしまっては事件が風化してしまうという危機感をみなさん持っておられます。
参加者の中には今後どうしていくのがいいのか...と豊島の産廃問題を自分の問題のように捉える方がいらっしゃって個人的にとても嬉しく思いました。
その反面、今後の豊島ゼミの形も考えていかなければならないなと強く感じました。
途中であきらめることなく、いろいろな方策で闘ってきた住民の方々のお話を聞くと、環境問題だけにとどまらない、何か大切なものを持ち帰ってもらえるはずです。
(レポート:丸山)